※本記事は、開業相談事例などを参考に構成したフィクション形式のロールモデル記事です。特定の個人・医療機関とは関係ありません。
午後10時を過ぎていた。
高橋健一医師(仮名)は、自宅のダイニングテーブルで一人パソコンを眺めていた。
開業から3か月。
電子カルテの集計画面には、その日の来院患者数が表示されていた。
「12人」
思わずため息が漏れる。
勤務医時代は外来だけで60人以上を診察していた。
朝から晩まで忙しかった。
患者を断らなければならない日もあった。
だから開業しても患者は来ると思っていた。
いや、来るはずだった。
なぜなら、この場所は誰が見ても好立地だったからだ。
仙台市内の主要駅から徒歩3分。
大型商業施設の向かい。
交通量も多い。
不動産会社からも、
「先生、この立地なら失敗しませんよ」
と言われていた。
診療圏調査も見た。
人口は多い。
駅利用者も多い。
昼間人口も多い。
数字だけ見れば理想的な場所だった。
銀行も融資を承認した。
家族も応援してくれた。
開業準備は順調だった。
開業初日。
たくさんの花が並んだ。
知人や製薬会社からのお祝いも届いた。
「いよいよ自分のクリニックが始まる」
人生で最も誇らしい日だった。
しかし。
1週間後。
患者は思ったほど増えなかった。
1か月後。
状況は変わらなかった。
3か月後。
不安は恐怖に変わっていた。
毎月の家賃。
スタッフ給与。
医療機器のローン。
広告費。
通帳残高は確実に減っていく。
ある日、診療終了後に周辺を歩いてみた。
通りを一本曲がると内科。
さらに交差点を渡るとまた内科。
気づけば、患者が選べるクリニックは自分の想像以上に存在していた。
「なぜ開業前に、もっと丁寧に調べなかったのだろう」
初めてそんな後悔が頭をよぎった。」
開業前に会ったコンサルタントの言葉を思い出した。
「先生、駅利用者数と患者数は別物ですよ。」
あの時は意味が分からなかった。
今なら分かる。
駅を利用する人が多くても、その人たちがクリニックを利用するとは限らない。
通勤者は勤務先近くや自宅近くの医療機関を利用する。
駅前だから成功するわけではない。
人が多いから成功するわけでもない。
重要なのは、
そこにどんな人が住み、
どんな医療ニーズを持ち、
今後も住み続けるのか。
だった。
同じ頃。
富谷市で開業した中村亮介医師(仮名)は全く違う考え方をしていた。
駅はない。
繁華街もない。
しかし住宅地が広がり、
若い世帯が増えていた。
中村先生は人口推移を調べた。
将来人口を調べた。
小学校区人口を調べた。
競合小児科数を調べた。
周辺の住宅開発計画まで確認した。
そして確信した。
「今ではなく10年後を見る。」
開業当初の患者数は決して多くなかった。
だが1年後。
2年後。
3年後。
地域の子どもたちと一緒にクリニックも成長した。
駐車場は満車になる日が増えた。
口コミで患者が広がった。
予約は数週間待ちになった。
成功したのは診療技術だけではない。
立地選定だった。
クリニック経営は開業した瞬間に決まる。
どれだけ優秀な医師でも、
人口減少エリアで、
競合が密集し、
需要以上に供給が多い場所では苦戦する。
逆に、
地域の未来を見据え、
人口・将来人口・競合・人流を分析できれば、
開業後の景色は大きく変わる。
立地はやり直せない。
だからこそ開業前に、
徹底的に調べる価値がある。
高橋先生が失った3年間は取り戻せない。
しかし、これから開業する先生方には同じ失敗をしてほしくない。
あなたが今検討しているその場所は、本当に10年後も患者が集まる場所だろうか。
開業後に後悔するか。
それとも地域に必要とされるクリニックになるか。
その分かれ道は、開業前の立地選定にある。
