クリニック開業において、立地選定は経営を左右する重要な判断の一つです。
しかし、「立地が重要である」と理解していても、立地条件の違いが売上や利益にどの程度影響するのかを、具体的な数字で把握できているケースは多くありません。
例えば、候補物件を比較した際に、
- 駅や生活動線から少し外れている
- 周辺住民から認知されにくい
- 紹介された患者にとって通院しにくい
- Googleマップで見つけても、アクセス面で選ばれにくい
といった違いによって、新規患者数が1日2人少なくなったとします。
1日だけを見れば、2人という差は大きく感じないかもしれません。
しかし、その差が毎月、毎年と積み重なれば、売上だけでなく、損益分岐点、運転資金、設備投資、採用計画などにも影響する可能性があります。
本記事では、立地選定の一般的な方法を解説するのではなく、立地によって生じる患者数の差を経営数字へ置き換える方法を解説します。
なお、本記事で使用する数値は、計算方法を分かりやすく示すためのモデルケースです。実際の診療単価、再診率、受診回数、変動費率などは、診療科や診療内容によって異なります。
将来の売上を断定するものではなく、候補物件を比較する際の考え方としてご覧ください。
この記事で分かること
- 立地による1日数人の患者差が経営へ与える影響
- 新規患者数の差を年間売上へ換算する方法
- 初診売上と継続受診による売上の違い
- 継続率と受診回数を分けて考える理由
- 売上差と利益差の違い
- 損益分岐点に必要な患者数の計算方法
- 家賃の高い物件と安い物件を比較する考え方
- シミュレーションを事業計画へ活用する方法
本記事における「立地による新規患者」とは
本記事では、立地条件によって獲得数が変わる新規患者を、便宜上「通りがかり経由の新規患者」と表現します。
ただし、これは偶然クリニックの前を通り、そのまま受診する患者だけを意味するものではありません。
具体的には、次のような患者も含みます。
- 通勤や買い物などの日常生活の中でクリニックを知った患者
- 建物や看板を見て存在を認識していた患者
- Google検索やGoogleマップで見つけ、通いやすさを理由に選んだ患者
- 家族や知人から紹介され、アクセス面も確認したうえで受診した患者
- 症状が現れた際に、以前から知っていた近隣のクリニックを思い出した患者
つまり、立地が患者数へ与える影響は、単なる歩行者数や自動車交通量だけではありません。
認知される機会と、実際に通院先として選ばれる可能性の両方に影響します。
MMDワンポイント
患者は、クリニックを知っただけでは必ずしも受診しません。
「存在を知っていること」に加えて、「実際に通えそうだと感じること」が、受診先として選ばれるための重要な条件になります。
「1日2人」の差は本当に小さいのか
立地による患者数の差は、必ずしも開業直後から大きな差として現れるとは限りません。
実際には、
- 1日1人
- 1日2人
- 1日3人
といった小さな差として現れ、それが長期間積み重なる可能性があります。
例えば、1日2人の患者差があったとしても、診療終了時に、
「今日は想定より2人少なかった」
と深刻に受け止めることは少ないでしょう。
しかし、年間240日診療する場合、1日2人の差は年間480人の差になります。
クリニック経営は、毎日の診療を数十年間継続する事業です。
そのため、1日単位では小さく見える違いでも、年間、5年間、10年間と積み重ねると、無視できない経営差になる可能性があります。
新規患者が1日2人少ない場合の売上シミュレーション
ここでは、立地条件の違いによって、新規患者が1日2人少なくなった場合を考えます。
シミュレーションの前提条件
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 1回あたりの平均診療単価 | 5,000円 |
| 1日あたりの新規患者差 | 2人 |
| 1か月の診療日数 | 20日 |
| 1年間の診療日数 | 240日 |
平均診療単価5,000円は、計算方法を示すための仮定です。
実際には、診療科、検査、処置、保険診療と自由診療の構成などによって異なります。
1日あたりの売上差
2人 × 5,000円
= 1万円
1か月あたりの売上差
1万円 × 20日
= 20万円
1年間の売上差
1万円 × 240日
= 240万円
5年間の売上差
240万円 × 5年間
= 1,200万円
30年間の売上差
240万円 × 30年間
= 7,200万円
この計算は、患者1人につき1回、5,000円の診療が発生すると仮定した単純なモデルです。
したがって、5年間で1,200万円、30年間で7,200万円という数字は、将来の確定損失額ではありません。
重要なのは、金額そのものよりも、
1日2人という小さな差であっても、長期間続けば数千万円規模の売上機会の差になり得る
という点です。
1日あたりの患者差を変えて比較する
立地による患者数の差は、必ずしも1日2人とは限りません。
そこで、1日あたりの新規患者差を1人、2人、3人、5人として比較します。
平均診療単価5,000円、年間240日診療という条件は同じです。
| 1日あたりの患者差 | 年間患者数の差 | 年間売上差 |
|---|---|---|
| 1人 | 240人 | 120万円 |
| 2人 | 480人 | 240万円 |
| 3人 | 720人 | 360万円 |
| 5人 | 1,200人 | 600万円 |
このように、1日あたりの患者数が1人変わるごとに、年間売上は120万円ずつ変化します。
ただし、これは平均診療単価を5,000円とした場合です。
自院の事業計画で平均診療単価を8,000円と想定している場合は、1日2人の差による年間売上差は次のようになります。
2人 × 8,000円 × 240日
= 384万円
このように、記事内の数字をそのまま使うのではなく、自院の前提条件へ置き換えて計算することが重要です。
MMDメモ
シミュレーションの目的は、将来の患者数を正確に当てることではありません。
患者数が想定より1人、2人、3人少なかった場合に、経営へどの程度の影響が出るのかを事前に確認することが目的です。
新規患者の減少は初診1回分だけでは終わらない
前章の計算では、新規患者1人につき診療単価5,000円を1回だけ計上しました。
しかし、実際のクリニックでは、初診後に再診へ移行する患者もいます。
例えば、新規患者には次のような違いがあります。
- 初診1回で受診が終了する患者
- 数回の治療で終了する患者
- 一定期間、経過観察を受ける患者
- 慢性疾患などで継続通院する患者
そのため、新規患者を獲得できなかった影響は、初診時の売上だけではなく、その後に発生する再診の機会まで含めて考える必要があります。
ただし、すべての新規患者が長期間通院するわけではありません。
継続受診を含めたシミュレーションでは、
- 再診へ移行する患者の割合
- 1人あたりの追加受診回数
- 1回あたりの平均診療単価
を分けて設定する必要があります。
継続率と受診回数は別々に設定する
継続受診による売上を試算するときに注意したいのが、「継続率」と「受診回数」の違いです。
例えば、継続率80%と設定しても、それだけでは売上を計算できません。
継続した患者が、
- 追加で1回受診するのか
- 追加で2回受診するのか
- 毎月受診するのか
によって、売上は大きく変わるからです。
継続受診を含めた計算例
年間480人の新規患者を獲得できなかったとします。
そのうち80%が再診へ移行し、平均して2回追加受診すると仮定します。
初診分
480人 × 5,000円
= 240万円
再診へ移行する患者数
480人 × 80%
= 384人
追加再診分
384人 × 2回 × 5,000円
= 384万円
初診と追加再診の合計
240万円+384万円
= 624万円
このモデルでは、1日2人の新規患者差によって、初診だけなら年間240万円、追加再診まで含めると年間624万円の売上機会の差になります。
ただし、これは次の条件を置いた場合の参考値です。
- 新規患者の80%が再診へ移行
- 再診患者は平均2回追加受診
- 初診と再診の平均診療単価はともに5,000円
実際には、初診と再診で診療単価が異なる場合があります。また、再診への移行率や受診回数も診療科によって異なります。
したがって、624万円という結果をそのまま使用するのではなく、計算の仕組みを理解することが重要です。
MMDよくある勘違い
継続率80%とは、80%の患者が毎年同じ頻度で通院し続けるという意味ではありません。
「再診へ移行する割合」と「移行後の受診回数」は別の条件として設定する必要があります。
患者の受診パターンを分けて計算する
より実態に近いシミュレーションを行う場合は、新規患者を複数の受診パターンに分けます。
ここでは、年間480人の新規患者を獲得できなかったケースを、次のように分類します。
| 患者区分 | 構成比 | 患者数 | 1人あたりの受診回数 |
|---|---|---|---|
| 初診のみで終了 | 40% | 192人 | 1回 |
| 短期的に再診 | 35% | 168人 | 2回 |
| 一定期間継続 | 20% | 96人 | 4回 |
| 比較的長期に継続 | 5% | 24人 | 8回 |
年間の延べ受診回数は、次のようになります。
- 初診のみ:192人 × 1回=192回
- 短期的に再診:168人 × 2回=336回
- 一定期間継続:96人 × 4回=384回
- 比較的長期に継続:24人 × 8回=192回
合計は、年間1,104回です。
平均診療単価を1回5,000円とすると、
1,104回 × 5,000円
= 552万円
となります。
このモデルでは、初診1回分だけを計算した240万円に対し、その後の受診まで含めると552万円の差になります。
ただし、患者構成や受診回数は説明のための仮定です。
診療科や診療内容によっては、単発受診が多い場合もあれば、継続受診が多い場合もあります。
重要なのは、特定の診療科に一律の継続率を当てはめることではありません。
自院で想定される患者構成を分け、それぞれの受診回数を設定することが重要です。
診療科によってシミュレーションの前提は異なる
新規患者1人が、その後どの程度の受診へつながるかは、診療科や疾患構成によって異なります。
例えば内科でも、感冒などの急性疾患と、高血圧や糖尿病などの慢性疾患では受診回数が異なります。
整形外科でも、一時的な外傷と、慢性疾患やリハビリテーションでは継続期間が異なります。
小児科では、一度の感染症受診で終了する場合がある一方、同じ患者が別の症状で再び受診したり、兄弟姉妹の受診につながったりすることもあります。
したがって、診療科ごとに一つの継続率を設定するのではなく、可能であれば、
- 単発受診
- 短期治療
- 中期的な経過観察
- 長期的な継続管理
に分けて検討する方が、実態に近いシミュレーションになります。
長期シミュレーションは「単純累計」と「積み上げ」を区別する
5年間、10年間、30年間の売上差を考える際には、計算方法を明確にする必要があります。
主な考え方は、次の2つです。
1.毎年同じ売上差が発生する単純累計
年間240万円の初診売上差が毎年続くと仮定すると、
- 5年間:1,200万円
- 10年間:2,400万円
- 30年間:7,200万円
となります。
これは最も分かりやすい計算方法ですが、次の条件が変わらないことを前提としています。
- 1日あたりの患者差
- 診療日数
- 平均診療単価
現実には、診療報酬改定、人口動態、競合状況、院長の診療能力などが変化するため、将来の確定額とはいえません。
2.過去の患者が翌年以降も継続する積み上げモデル
慢性疾患などで患者が翌年以降も通院する場合、前年までに獲得した患者の一部が翌年にも残ります。
この場合は、毎年新たに発生する新規患者差に加えて、過去の患者差も一部継続するため、影響が積み上がる可能性があります。
ただし、このモデルを作るには、
- 翌年の継続率
- 平均通院期間
- 年間受診回数
- 治癒や通院終了
- 転居や転院
- 診療可能人数の上限
などを設定しなければなりません。
これらを設定せずに、長期継続患者の売上を単純に加算すると、過大な数字になる可能性があります。
MMDメモ
5年間、30年間という長期シミュレーションは、将来の売上を断定するためのものではありません。
開業時の小さな判断差が、長期経営では大きな差になり得ることを理解するための指標として使用します。
売上差と利益差は同じではない
ここまでのシミュレーションは売上を基準にしています。
しかし、売上が年間240万円減少したからといって、利益もそのまま240万円減少するとは限りません。
クリニックで発生する費用には、患者数に応じて増減する費用と、患者数にかかわらず発生する費用があります。
患者数に応じて変化しやすい費用
- 医薬品費
- 診療材料費
- 検査委託費
- 一部の消耗品費
患者数が減っても残りやすい費用
- 家賃
- 常勤スタッフの人件費
- 医療機器のリース料
- 電子カルテなどのシステム費用
- 保守費用
- 借入金返済
患者数が減れば、一部の変動費も減少します。
そのため、売上減少額と利益減少額は同額ではありません。
一方で、家賃や人件費などの固定費は患者数が少なくても発生するため、患者数の未達は利益を圧迫する可能性があります。
利益への影響は「限界利益」で考える
売上の減少が利益へどの程度影響するかを確認する際には、限界利益という考え方が役立ちます。
限界利益とは、売上から、その売上に応じて発生する変動費を差し引いた金額です。
例えば、年間売上が240万円減少し、変動費率を20%と仮定します。
減少する変動費は、
240万円 × 20%
= 48万円
です。
利益への影響を考える基礎となる限界利益の減少は、
240万円-48万円
= 192万円
となります。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 年間売上の減少 | 240万円 |
| 減少する変動費 | 48万円 |
| 限界利益の減少 | 192万円 |
ただし、変動費率は診療科や診療内容によって異なります。
検査や材料費の割合が高い診療内容では変動費率も高くなります。一方、固定費の割合が高い診療体制では、患者数の未達が利益へ与える影響も大きくなりやすくなります。
開業初期ほど患者数の未達が資金繰りへ影響する
患者数の差は、経営が安定した後よりも、開業初期に大きな意味を持ちます。
開業当初は、まだ十分な患者基盤が形成されていません。
一方で、次の支出は患者数が少なくても発生します。
- 家賃
- 人件費
- 医療機器のリース料
- 借入金返済
- システム利用料
- 広告宣伝費
今回のモデルでは、1日2人の差は月20万円の売上差です。
月20万円だけを見ると、経営全体への影響は小さく感じるかもしれません。
しかし、それが12か月続けば年間240万円です。
さらに、患者数が計画を下回ったことで広告費を追加すれば、
- 売上が計画を下回る
- 集患のための支出が増える
- 運転資金の減少が早くなる
という状態になる可能性があります。
開業時に用意した運転資金が1,000万円であれば、年間240万円の売上未達は、その約24%に相当します。
売上未達額がそのまま現預金の減少額になるわけではありませんが、資金計画に無視できない影響を与える可能性があります。
「1日2人」が損益分岐点を左右することもある
患者数の差を評価するときは、売上額だけでなく、損益分岐点との関係を確認する必要があります。
損益分岐点とは、利益も損失も発生しない売上または患者数の水準です。
例えば、次の条件を仮定します。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 月間固定費 | 500万円 |
| 患者1人あたりの限界利益 | 4,000円 |
| 月間診療日数 | 20日 |
月間の損益分岐点患者数は、
500万円 ÷ 4,000円
= 1,250人
です。
1日あたりでは、
1,250人 ÷ 20日
= 62.5人
となります。
したがって、1日平均で約63人の患者が必要です。
事業計画では1日63人を想定していたものの、実際には61人だった場合、差はわずか2人です。
しかし、その2人によって損益分岐点を下回る可能性があります。
つまり、同じ1日2人の差でも、
- 十分な利益が出ている段階
- 損益分岐点付近の段階
では、経営上の意味が大きく異なります。
MMDワンポイント
患者数の差を見るときは、「何円の売上差になるか」だけではなく、「その差によって損益分岐点を上回れるか」を確認する必要があります。
家賃の安さだけで物件を判断しない
候補物件を比較するとき、月額家賃の安い物件は魅力的に見えます。
しかし、家賃の差と患者数の差は、合わせて比較する必要があります。
例えば、次の2つの物件を検討しているとします。
| 項目 | 物件A | 物件B |
|---|---|---|
| 月額家賃 | 70万円 | 50万円 |
| 家賃差 | 20万円高い | 20万円安い |
| 想定患者数 | 物件Bより1日2人多い | 物件Aより1日2人少ない |
物件Bは、月額家賃が20万円安いため、固定費の面では有利です。
一方、平均診療単価5,000円で、物件Aの方が1日2人多く来院する場合、月20日診療すると売上差は次のようになります。
2人 × 5,000円 × 20日
= 20万円
売上ベースでは、物件Aの患者数増加によって、家賃差20万円を回収できる計算です。
ただし、利益ベースでは変動費を考慮する必要があります。
患者1人あたりの限界利益が4,000円の場合、月20万円の家賃差を回収するために必要な患者数は、
20万円 ÷ 4,000円
= 月50人
です。
月20日診療では、
50人 ÷ 20日
= 1日2.5人
となります。
つまり、家賃が月20万円高い物件を利益面で正当化するには、1日平均2.5人以上の患者増加が必要です。
家賃の高い物件が必ず有利なわけではない
前章の計算から、「家賃が高くても立地が良ければ問題ない」と結論付けることはできません。
患者数の予測には不確実性があるからです。
物件Aの方が1日2.5人以上多く来院すると期待していても、実際の差が1人だけであれば、家賃差を十分に回収できない可能性があります。
反対に、家賃の安い物件でも、患者数がほとんど変わらなければ、物件Bの方が経営上有利です。
重要なのは、
- 家賃が高いか安いか
- 立地が良さそうか
という印象だけで判断しないことです。
家賃差を回収するためには、1日何人の患者増加が必要なのかを計算し、その人数が現実的かどうかを検討する必要があります。
物件比較では3つのシナリオを作る
立地による患者数を正確に予測することは困難です。
そのため、事業計画では一つの予測だけを使うのではなく、複数のシナリオを作ります。
例えば、候補物件ごとに次の3つを設定します。
- 楽観シナリオ
- 標準シナリオ
- 慎重シナリオ
シナリオ設定例
| 想定 | 物件Aの1日新規患者数 | 物件Bの1日新規患者数 |
|---|---|---|
| 楽観シナリオ | 8人 | 7人 |
| 標準シナリオ | 6人 | 4人 |
| 慎重シナリオ | 4人 | 3人 |
それぞれのシナリオに対して、
- 平均診療単価
- 再診移行率
- 平均受診回数
- 変動費率
- 家賃
- 人件費
- 借入金返済
- 広告費
を設定し、売上、限界利益、資金残高を比較します。
最も患者数が多い楽観シナリオで経営が成立するかを見るだけでは不十分です。
特に開業初期は、慎重シナリオでも一定期間資金を維持できるかを確認することが重要です。
MMDチェック
物件ごとの経営シミュレーションでは、次の項目を確認しましょう。
□ 1日あたりの想定新規患者数
□ 1日あたりの総患者数
□ 平均診療単価
□ 月間診療日数
□ 再診へ移行する患者の割合
□ 患者1人あたりの平均受診回数
□ 変動費率
□ 月間固定費
□ 損益分岐点患者数
□ 家賃差を回収するために必要な患者数
□ 慎重シナリオにおける運転資金の残高
シミュレーションで注意したい5つのこと
1.大きな数字だけを見ない
30年間で7,200万円という数字は印象的ですが、同じ患者差、診療日数、診療単価が30年間続くという仮定に基づいています。
結果だけでなく、計算条件を確認する必要があります。
2.初診と再診を混同しない
初診1回分の売上と、その後の再診による売上は分けて計算します。
再診売上を含める場合は、再診移行率と追加受診回数を明確にします。
3.継続率だけで計算しない
継続率が分かっても、受診回数が分からなければ売上は計算できません。
継続率と受診回数は別々に設定します。
4.売上と利益を区別する
売上が減少すると、一部の変動費も減少します。
経営への実質的な影響を考える際は、限界利益を確認します。
5.一つの予測に依存しない
患者数予測には不確実性があります。
楽観、標準、慎重の複数シナリオを作り、患者数が計画を下回った場合にも経営を継続できるか確認します。
まとめ|立地の差を経営数字へ置き換えて考える
立地選定の影響は、「目立つ」「通いやすい」といった感覚的な評価だけでは十分に把握できません。
候補物件を比較するときは、立地条件によって生じる可能性のある患者数の差を、売上や利益へ置き換えて考えることが重要です。
今回の単純シミュレーションでは、次の条件を設定しました。
- 平均診療単価:5,000円
- 1日あたりの新規患者差:2人
- 年間診療日数:240日
この条件では、初診1回分だけでも年間240万円の売上差になります。
| 期間 | 初診売上の単純累計 |
|---|---|
| 1か月 | 20万円 |
| 1年間 | 240万円 |
| 5年間 | 1,200万円 |
| 30年間 | 7,200万円 |
さらに、新規患者が再診へ移行する場合は、その後の受診機会にも差が生じる可能性があります。
ただし、継続受診を計算する際には、
- 再診移行率
- 平均追加受診回数
- 平均診療単価
- 平均通院期間
を明確に設定する必要があります。
また、売上差がそのまま利益差になるわけではありません。
利益への影響を考える際には、変動費を差し引いた限界利益や、損益分岐点患者数を確認することが重要です。
物件を比較する際は、家賃の安さだけで判断するのではなく、
- 家賃差を回収するために何人の患者増加が必要か
- 想定患者数が1日2人下振れしても経営を維持できるか
- 慎重シナリオでも運転資金が不足しないか
まで検討する必要があります。
長期シミュレーションの目的は、将来の損失額を断定することではありません。
開業時の小さな判断差が、長期間の経営では無視できない差になる可能性を理解することにあります。
立地は、開業後に簡単に変更できません。
だからこそ、契約前に複数のシナリオを作り、患者数の差を売上、限界利益、損益分岐点、運転資金へ置き換えて検討することが大切です。
よくある質問
新規患者が1日2人少ないだけで、本当に経営へ大きく影響しますか?
年間240日診療する場合、1日2人の差は年間480人になります。
平均診療単価を5,000円とすると、初診1回分だけで年間240万円の売上差です。
さらに再診へ移行する患者がいる場合は、その後の受診機会にも差が生じる可能性があります。
特に開業初期や損益分岐点付近では、1日2人の差が黒字と赤字を分けることも考えられます。
平均診療単価5,000円は、すべての診療科に当てはまりますか?
当てはまりません。
本記事の5,000円は、計算方法を分かりやすく示すための仮定です。
実際の診療単価は、診療科、検査、処置、診療内容、保険診療と自由診療の構成などによって異なります。
自院の事業計画に合わせて設定する必要があります。
30年間で7,200万円の損失が確定するという意味ですか?
確定するという意味ではありません。
7,200万円は、1日2人、平均診療単価5,000円、年間240日という条件が30年間変わらないと仮定した単純累計です。
実際には、診療報酬、地域人口、競合状況、診療日数などが変化します。
長期的な影響を理解するための参考値として捉えることが適切です。
継続受診を含める場合は、どのように計算しますか?
年間新規患者数に、再診へ移行する割合、追加受診回数、平均診療単価を組み合わせて計算します。
ただし、すべての患者を同じ条件にするのではなく、単発受診、短期再診、中期継続、長期継続などに分けて考えると、より実態に近づきます。
売上が240万円減ると、利益も240万円減りますか?
必ずしも同額ではありません。
患者数が減少すれば、医薬品費や診療材料費などの変動費も一部減少します。
一方、家賃や常勤スタッフの人件費などの固定費は残ります。
利益への影響を確認する際は、売上ではなく限界利益も確認する必要があります。
家賃が高くても、立地の良い物件を選ぶ価値はありますか?
家賃差を上回る限界利益が期待できる場合は、選択肢になります。
例えば、月20万円の家賃差があり、患者1人あたりの限界利益が4,000円の場合、月50人、月20日診療なら1日2.5人の患者増加が必要です。
その患者増加が現実的かどうかを、標準シナリオと慎重シナリオの両方で確認することが重要です。
診療圏調査の患者数予測をそのまま使ってもよいですか?
患者数予測は重要な判断材料ですが、将来の患者数を保証するものではありません。
予測値を一つだけ使うのではなく、楽観、標準、慎重の複数シナリオを設定し、患者数が下振れした場合でも資金を維持できるかを確認することが大切です。
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